2015年08月12日 (水) | Edit |
外務省史料館に行ってきました!

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外の門を潜り抜けてからある建物の入り口です。
特別展示『日本とペルシャ・イラン』展です。今日は平日で大丈夫でした!
それにしてもあの入り口は、とても気安く入れるような雰囲気でないのです
が、、、門の扉には鍵がかかってはいないので、さっと開けて、ずかずかと

入っていかないと見れません。そして、建物の中に入るといきなり大きい
吉田茂の像が出迎えてくれます。大きかったなぁ。像の脇の階段を上ると
展示の受付があります。受付の方のお話ではフラッシュさえたかなければ

撮影OKということだったので、デジカメでじゃんじゃん撮影しました。。。が、
ぶれている写真が多くって。。。残念ですね。特別展の内容は日本―イラン
外交関係史です。ペルシャという国名からイランという国名に呼称に改めて

から80年という年を迎えたということから特別展が開かれているそうです。
1878年、駐ロシア公使榎本武揚がロシアにてイランのガージャール朝の
王ナーセロッディーン・シャーとの会見を行ったことがきっかけで両国の交

流が開始したというところから展示の説明は始まり、第二次大戦後の友
好を再び結ぶ(イランは連合国側として参戦し日本とは敵対状態でした)
までの一連の外交関係史となっています。

そんなに広くはない展示室なのですが、内容が濃くて一時間なんてあっと
いう間に過ぎてしまいますね。ほんと。特別展だけでも説明すると長くなり
そうなので、特に印象に残ったものを一つだけ取り上げます。

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これです。ポスターの表紙にもなっていますが、ナーセロッディーン・シャー
からの日本へ宛てた国書です。自分の興味対象が古い方に興味があるの
で、展示の中でも一番古いものに目が行ってしまいます。

日本とイラン(当時はペルシャ)が通商協定を結ぶ前段階として商況調査を
行う必要があり、そのためにイランへの使節団が派遣されることになりました。
その団長には土佐藩改革派藩士だった吉田東洋の息子吉田正春が選ばれ、

彼ら一行は長旅をしてやっとナーセロッディーン・シャーに謁見し、その国書
(友好を結ぶという内容)を受け取り、日本に持ち帰ったわけです。また、そ
の使節団の旅の様子をうかがえるような史料(旅の旅費に関する文書)も展

示されていて、具体的で生々しくこの部分の展示はよかったです。国書自
体の内容はホントになんとしたこともない「貴国の派遣した使節団を歓迎し、
これにより、両国の関係がより強固になるであろう」というような内容なので

すが、こういう生の資料を間近で見るとちょっと心が高揚してしまいますね。
結局、日本、イランそれぞれの直接かかわりのある国々との関係や変転す
る国際情勢により、両国の関係はイランがガージャール朝のあとのパウフ

レヴィー朝の時代になってから正式な通商関係を結ぶことになりますので、
もっと後の時代ですが・・・。でも、それまでの間にも何度か関係を持とうと
いう動きがあって交流は断続的に続いていて、その辺りの展示も見ごたえ

がありました。特別展、よかったですので、無料ですし、お勧めですよ。興
味ある方は是非是非、足を運んでみてください。あと、それから、常設展に
ついてもちょっとだけ。教科書で習うような日本近代の基本的な条約関係は

だいたい展示されているので(複写ですが)、それだけ見に行くだけでも、
外交文書ってこんな感じなのかというだけでもわかると面白いので常設展
目的でも十分楽しめます。

本日は、他にもいろいろと巡っているのですが、別の記事にします。

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